トマト黄化葉巻病の発生生態とその総合的防除対策
その他
はじめに
平成7年9月頃、突如として静岡県富士市の施設栽培ハウスでトマト株の頂葉の縁が鮮やかな黄色になり、葉はとぐろを巻いたように内側に向いて丸くなり、発症部から上部の節間が短くなる原因不明の症状が発生しました。その後、平成8年8月には旧清水市(現静岡市清水区)、同年11月には沼津市の施設栽培トマトに発生が広がりました。当時、静岡県植物防疫関係者による一斉調査が「羽衣伝説で知られる三保の松原(旧清水市)」近くで行われるという知らせが入り、筆者は早速駆け付け、トマトの施設栽培団地を一緒に視察させていただきました。施設内のトマトの鮮やかな黄化葉巻症状は遠くからでも容易に判別できます(写真1)。しかしながら、隣接する他の施設栽培トマトでは全く発生が見られない箇所があったため、その農家さんに問い合わせたところ、トマト苗は自身で育成されたとの由でした。この地域で発生した黄化葉巻症状の原因の一つは、TYLCVが無病徴感染したトマト苗の外部持ち込みの可能性があるように推察されました。
平成8年、ほぼ時期を同じくして愛知県、長崎県においても同様な黄化葉巻症状が発生しました。直ちに各地で病原体の追及研究が行われました。
トマト黄化葉巻病の病原ウイルスの正体と発生状況
1.トマト黄化葉巻ウイルス
平成8年に静岡、愛知、長崎県でトマトに黄化葉巻症状を引き起こした病原体はその後の研究により、昭和11年頃にイスラエルで報告され、その後世界各地のトマトに感染して被害の大きなTomato yellow leaf curl virus (=TYLCV)と同じであることが判明しました。日本では新発生のため、和名は「トマト黄化葉巻ウイルス」、病名は「トマト黄化葉巻病」と名付けられました。ウイルスの分類上、TYLCVはジェミニウイルス科のベゴモウイルス属に入ります。ジェミニ(gemini)とは双子を意味し、この仲間のウイルスは、全て直径約20ナノメーターの球状粒子が2個対になって結合してウイルス粒子を形成します(写真2)。
この内部に遺伝子本体である一本鎖の環状DNA遺伝子が組み込まれております。TYLCVが感染した植物体内で、本ウイルスは組織の維管束の篩部細胞の核内でのみ増殖する特異的な性質を持っております(写真3)。
篩部の役割は光合成産物などの栄養素を輸送する生体組織であり、この篩部細胞の役割がウイルス感染によって阻害されるため、黄化葉巻病を引き起こすと考えられます。初期病徴は新葉の葉縁部が退緑して黄化し、葉の先端から内側に丸く巻き込み、葉巻症状となります(写真4、5)。
新葉より下位の葉は徐々に脈間が黄化し、葉縁が上側に巻くこともあり、縮葉化します。発病後期になると頂部が叢生し、節間が短くなり、株全体が委縮します。このようなトマト罹病株では丈が極端に低くなり、開花しても結実しずらく、大幅な収量減になります。生産農家の施設栽培では、約3割以上の生育初期トマトで黄化葉巻病が発生すると、それ以降の収穫を諦める位被害は甚大です。
2.海外から侵入したTYLCVの系統
静岡・愛知・長崎県で新発生した黄化葉巻病を引き起こすTYLCVは、何らかの方法で海外から日本各地に侵入したものと推察されます。その後のウイルス遺伝子のDNA解析から、静岡・愛知両県でトマトから分離された静岡分離株と愛知分離株はTYLCV-イスラエルマイルド系統(マイルド系統)、長崎県で分離された長崎分離株はTYLCV-イスラエル系統(イスラエル劇症系統)として判別されました。さらに平成16年、高知県のトマト黄化葉巻病から分離された土佐株はTYLCV-イスラエル系統であることが確認されましたが、長崎分離株とは一部の遺伝子配列が異なっていました。トマトの病徴は、マイルド系統の方がイスラエル系統より若干弱くなりますが、病徴のみで両系統を判別することは困難です。正確な両系統の判別には遺伝子診断が必要です。
3.日本各地でのトマト黄化葉巻病の発生状況
平成8年頃から新発生したトマト黄化葉巻病は、その後全国のトマト栽培地域で発生が確認され、現在では北は東北南部の宮城県、福島県、南は九州全域と沖縄県にまで広がりました。当初各地で発生した黄化葉巻病のトマトから分離されたTYLCVは、マイルド系統とイスラエル系統が地域ごとに別個に確認されました。マイルド系統は主に東海地域、イスラエル系統は主に九州、四国、中国、近畿地域で発生しました。しかし、主に西日本で発生していたイスラエル系統が関東地域に飛び火的に発生したことから、外部からの無病徴感染トマト苗の持ち込みによるものと推察されました。現在では、地域によって同じ施設栽培ハウス内のトマトから両系統が分離されます。場合によっては同じトマトで両系統が重複感染して増殖し、ウイルス遺伝子の組み換えが起こり、特性の異なる新しいTYLCV系統が生じるおそれがあります。両系統の混発地域では、新系統の発生に備えたウイルス遺伝子のDNA解析が必要です。
4.トマト以外の発生状況
トマト以外にTYLCV感染によって被害を被っているのはトルコギキョウで、病徴は葉巻症状、小葉化、葉脈隆起、節間短縮であり、著しく商品価値が低下します。トルコギキョウの葉巻症状は平成11年9月、長崎県のトルコギキョウで最初に発生し、その後九州、四国、本州に拡散しました。トマト黄化葉巻病が発生している周辺のトルコギキョウ生産地域では非常に恐れられております。
ピーマンからもTYLCVが分離されましたが、無病徴であり被害は問題ないようです。
その他、野外でTYLCVの自然感染が確認されている雑草は、センナリホウズキ、タカサブロウ、ノボロギク、ノゲシ、エノキグサ、ハコベ、ウシハコベ、ホソバツルノゲイトウなどですが、いずれも無病徴です。これらの罹病雑草がTYLCVの伝染源になる可能性はありますが、今後の検証が必要です。
野外で確実にTYLCVの伝染源となる植物は、施設ハウス周辺に放置された野良生えトマトと無農薬栽培されている家庭菜園の露地トマトです。
5.トマト黄化葉巻病の簡易診断
TYLCVによるトマト黄化葉巻病の診断技術としては、TYLCVの抗体を利用したELISA法(Enzyme-linked immunosorbent assay酵素結合免疫測定法)やTYLCVの遺伝子診断法が開発されております。
しかし、トマトの栽培現場では、TYLCVによるトマト黄化葉巻病を早期に簡易に診断する技術が求められております。
このような要望にこたえて、「トマト黄化葉巻病診断キット」がニッポン・ジーンから市販されております。診断手法が簡単で結果が肉眼で判定できるため、少し慣れてくれば初めての方でも診断できます(写真6)。
TYLCVの媒介虫(タバココナジラミ)の発生生態と伝染力
1.海外から侵入したタバココナジラミ-バイオタイプB
(シルバーリーフコナジラミ)及びバイオタイプQの発生生態
TYLCVを伝染する媒介虫(タバココナジラミ)は海外の報告から、シルバーリーフコナジラミという白い羽を持つ体長約0.8mm、体幅約0.4mm、体色は淡黄色の小さな昆虫であることが判明しております(写真7)。
シルバーリーフコナジラミのライフサイクルは25℃で約25日間、1頭当たりの産卵数約60個、成虫寿命は約18日間です。成虫の飛来活動時間は日中で、夜間は葉裏でじっとしております。野外では春先から発生し、6~9月が発生のピークとなり、晩秋にはみられなくなります。
平成元年頃、TYLCVの媒介虫であるシルバーリーフコナジラミが海外から侵入し、またたく間に日本各地に広がりました。本害虫が高密度に寄生するとトマトでは果実が部分的に赤く熟さず着色異常症を引き起こし、カボチャ、フキ、ミツバなどの茎葉が白化するため、当初はシルバーリーフコナジラミと称されました。
これらの症状はシルバーリーフコナジラミによる直接吸汁害と考えられました。
その後の遺伝子解析による分類学的研究により、シルバーリーフコナジラミはタバココナジラミ-バイオタイプBと改称されました。
このように事前にウイルス媒介虫が全国的に分布した状況下で、平成7~8年頃に海外から侵入したと考えられるTYLCVは、無病徴感染した購入トマト苗の移動と併せてバイオタイプBによって容易に東北南部以西でほぼ全国的に伝染が拡大され、各地域で黄化葉巻病が蔓延、定着していきました。
特にコナジラミの発生量が多い九州地域では、黄化葉巻病によるトマトの被害が続出しました。
さらに、平成18年に海外からTYLCVの媒介虫となる別種のタバココナジラミ-バイオタイプQが侵入していることが判明し、東北南部以西の日本各地に分布が拡大しました(図1)。
平成21年5月現在、バイオタイプQの発生はさらに拡大し、岩手県をはじめ41都府県で確認されています。厄介なことにバイオタイプQは薬剤の種類によっては高い殺虫剤抵抗性を持っており、防除体系を見直す必要があります。バイオタイプBとQは外観的な形態は同じであり、両者を判別するためにはDNA解析が必要です。
2.タバココナジラミ-バイオタイプB及びバイオタイプQの寄主植物範囲
平成21年5月現在の調査結果では、バイオタイプBの寄主植物は30科88種及びバイオタイプQは30科64種で、両タイプに共通する寄主植物は19科40種と報告されております。両タイプとも広範囲の植物に寄生するため、野外での完全防除を困難にしております。
3.媒介虫のウイルス伝染力
TYLCVに感染したトマト葉を吸汁して保毒虫となったタバココナジラミ(バイオタイプB及びバイオタイプQ)は、ほぼ1日の潜伏期間後、死ぬまでウイルスを伝染します。
海外ではタバココナジラミとTYLCV系統の組み合わせによっては、ウイルス獲得吸汁時間は最短15~30分間、潜伏期間は21~24時間、接種吸汁時間は最短15~30分間でウイルスを媒介すると報告されています。ウイルス獲得吸汁時間が長くなるとウイルス感染率が高くなります。
媒介虫による接種吸汁後から発病までの期間は季節によって異なり、夏季高温下では7~20日間、秋冬季の低温下では1~3ヵ月を要します。
日本でバイオタイプBとTYLCVの組み合わせによる経卵伝染は確認されておりません。バイオタイプQによるTYLCVの経卵伝染の有無については、今後検証が必要です。
自然界でTYLCVは媒介虫であるタバココナジラミによってのみ伝染されます。人為的には接ぎ木でウイルスは伝染するため、無病徴のTYLCV感染台木に健全接穂苗を接ぎ木すると接穂は感染します。
特に苗床で台木苗と接穂苗がタバココナジラミによってTYLCVに感染しないように厳重に管理することが重要です。トマトの実生苗及び接ぎ木苗は、苗床ではTYLCVに感染していても無病徴である場合が多く、定植前にTYLCVに感染していないことを確認する必要があります。
TYLCVは接触伝染、土壌伝染、種子伝染及び経卵伝染しないとされています。
4.TYLCVの伝染環
温暖な西南諸島以外の日本国内では、タバココナジラミは野外で越冬できませんが、施設内栽培のトマトや雑草がタバココナジラミの主な越冬場所になると考えられております。越冬したタバココナジラミは春の気温上昇で増殖を開始し、初夏から多量のTYLCV保毒タバココナジラミが野外に逃げ出し、野良生えトマトや家庭菜園の露地トマトにウイルスを伝染します。これらが新たなウイルス伝染源となり、そこで発育したタバココナジラミが再び保毒虫となり、施設内のトマトにウイルスを伝染します。トマトの周年栽培地帯では図2のようなTYLCVの伝染環が成立すると考えられます。
したがって、この伝染環を断ち切ればトマト黄化葉巻病を防除することができます。
トマト黄化葉巻病の予防重視の総合的防除
1.TYLCVの媒介虫タバココナジラミの封じ込め対策
(独)農業・食品産業技術総合研究機構・野菜茶業研究所・野菜IPM研究チームが提案している「トマト黄化葉巻病の防除に関する技術指針」、及び「栃木県トマト黄化葉巻病 (TYLCV)封じ込めマニュアル」に基づいて、予防重視のトマト黄化葉巻病の総合的防除法を紹介します。
施設栽培におけるトマト黄化葉巻病の予防対策の重要な三つのポイントは、TYLCV保毒タバココナジラミを「入れない、出さない、増殖させない」に集約されます。さらに、「トマト栽培施設内外の雑草・野良生えトマトの徹底除去」と「トマト黄化葉巻病抵抗性品種の利用」が推奨されます。
次に具体的な総合的防除法について述べます。
1. 栽培環境の改善
- 伝染源となる施設内外の野良生えトマトの徹底除去。
- タバココナジラミは寄主範囲が広いため、施設内とその周辺の雑草除去。
- 地域内のトマト栽培者が相談して栽培終了時期を揃え、その地域内でトマトを栽培しない期間(最短1ヵ月位)を取り決め、トマト黄化葉巻病の伝染環を切断する(図2)。
2. 育苗期間及び定植圃場の防除対策
- タバココナジラミの施設内外への侵入と飛散を防止するため、施設の開口部に0.4mm以下の防虫ネットを張る。
- タバココナジラミの施設内侵入を防止するために、施設周囲に光反射シートの設置及び紫外線カットフィルムを張る。
- 施設周囲のタバココナジラミの発生密度が高い場合、施設開口部周りの高さ60cm位置に黄色粘着テープを張り巡らし、誘殺する。
- TYLCV感染トマト苗を持ち込まないように、健全苗を定植。
- 定植時にタバココナジラミ殺虫粒剤を土壌施用。
- タバココナジラミの発生が多い場合、ほぼ1週間間隔で殺虫剤を散布。タバココナジラミの薬剤耐性化を防止するため、同一薬剤の使用を避けてローテーションによる殺虫剤散布。
- タバココナジラミの施設内密度を減少させるため、施設内に非散布型農薬(ラノテープ)を設置。
- 葉裏に寄生したタバココナジラミ幼虫や蛹を除去するために、
トマトの生育に応じて葉かきを行い、除去した葉をビニール袋で密封し、枯死・死滅後処分するか、土中に埋める。 - 草花や観葉植物はタバココナジラミの繁殖源となるため、施設内及びその周辺に持ち込まない。
3. 栽培終了時のタバココナジラミの封じ込め対策
- トマトの栽培終了時に施設ハウス内部から野外にタバココナジラミを飛散させないため、トマトを株元で切断後、枯死させながら40℃以上で10日間以上の蒸し込みを行い、タバココナジラミを完全に死滅させる。
- トマト残さを施設周辺に放置せず、必ず処分して野良生えトマトの発生防止を徹底する。
以上の「タバココナジラミ封じ込め対策」を実施するに当たり、トマト栽培者と周辺の家庭菜園栽培者の理解を相互に得て、地域ぐるみで実施できるような体制を確立することが予防重視の総合的防除のポイントです。
抵抗性品種の利用と問題点
最近になって、国内種苗会社からピンク系トマトのトマト黄化葉巻病耐病性品種が販売されております。現在販売されている耐病性品種は、TYLCVに対して完全な免疫抵抗性ではなく、TYLCVが感染すると病徴発現は抑えられますが、トマトの組織内で低い濃度ながらウイルスは増殖します。したがって、耐病性品種を栽培する場合、罹病性品種を栽培する場合と同様に前述の防除対策を実施して、周辺の罹病性品種がタバココナジラミの媒介によりトマト黄化葉巻病に感染しないように注意する必要があります。
当社では朝日工業と共同してトマト黄化葉巻病耐病性のピンク系大玉品種「アニモTY-10(中早生種)」と「アニモTY-12(早生種)」の販売を開始いたしました。「アニモ」とはスペイン語で「元気」の意味です。両品種ともTYLCV-イスラエル系統とマイルド系統の両者に耐病性を持っております(写真8、9)。さらに、両品種は葉かび病(cf-9レース)、半身萎凋病(レース1)、萎凋病(レース1、2)、斑点病、タバコモザイクウイルス病(Tm-2a型)及びネコブセンチュウに抵抗性を持っております。今後の販売増加と進展が期待されます。
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