種苗事業部 各地研究レポート

2014年

北海道のネギ栽培における病害の発生状況と防除対策

北海道立総合研究機構・道南農業試験場
三澤知央

はじめに

北海道におけるネギの栽培面積は850haで全国第5位の産地である。道内におけるネギ栽培の約85%が8~10月に収穫する8~10月どり作型(露地)であり、いずれも根深ネギである。著者は2005年からネギ病害の診断と防除に関する研究を実施しており、いくつかの知見を得たため、本稿で紹介する。

1.べと病・さび病・葉枯病・黒斑病

道内のネギ栽培圃場では、上記4病害が複雑にからみ合いながら混発している。

1)べと病

 

発生状況・病徴
北海道のネギ栽培における最重要病害である。6月中旬~8月上旬と9月中旬~10月下旬の2回発生する。8月どり作型では、生育期間中に多発し減収し被害が発生するが、収穫株の出荷葉に本病が発生することはない。10月どり作型では、生育期間中に発生し減収するだけでなく、収穫株に多発し、出荷葉である中心葉にまで病斑を形成し被害となる。9月どり作型では、適期に収穫できれば収穫期の被害は発生しないが、収穫遅れによりしばしば収穫期の被害が発生している。
病斑の輪郭は不明瞭で表面にかびを生じる特有の病徴を示す。色は黄色(写真1-1a)、淡黄色~クリーム色(写真1-1b)、濃緑色(写真1-1c)と多様である。発病初期の病斑は、分生子未形成または形成量が少ないため、他病害と識別がやや困難な場合がある。さらに、本病は病斑形成後に葉枯病菌が二次的に感染し、すべての病斑が葉枯病の病斑に置き換わる(写真1-1d)。葉枯病菌が感染したべと病斑は、葉枯病・黒斑病と病徴観察では識別できない。

 

防除対策
本病に対しては多数の登録農薬が存在するが、道内における試験事例では、マンゼブ(商品名:ジマンダイセン)を含有する薬剤でのみ、高く安定した防除効果が確認されている。
マンゼブ剤の初発前散布は高い防除効果を示すだけでなく、散布終了後30日間以上防除効果が持続する(残効期間)。
同剤を2週間間隔で3回散布することで、散布期間(4週間)+残効期間(30日以上)の合計約2ヵ月間防除効果が持続するため、同散布体系が本病防除の基本となる。発病を認めてからでは防除効果が劣るため、各地域における各作型の例年の初発時期を目安として、初発前から薬剤散布を開始する必要がある。
道南地域における8月、9月、10月どりの各作型における散布開始適期は、6月中旬、7月上旬、8月中旬である。

2)さび病

 

発生状況・病徴
9月以降に発病が増加し10月に多発する。べと病に次いで被害が大きい重要病害である。葉身に小型オレンジ色の隆起した小斑点を形成する(写真1-2a)。病斑ははじめ外葉から発生し、多発すると葉面積の50%近くが病斑で覆われ(写真1-2b)、やがて発病葉は枯死する(写真1-2c)。

 

防除対策
発病初期からの薬剤散布が有効であるとともに、多くの登録農薬が高い防除効果を示すため防除は比較的容易である。圃場観察を行い、発病が増加し始めてから薬剤散布を開始することで、防除可能である。8月どり作型では通常防除不要であり、10月どり作型で最も発生が多くなる。

3)葉枯病

 

発生状況・病徴
黒斑病と類似した病斑(褐色楕円形病斑:写真1-3a,b)の発生が古くから知られていたが、発生量が少ないマイナー病害であった。近年、収穫期近くに出荷葉である中心葉に黄色斑紋病斑(写真1-3c)の発生が顕在化し、本病斑発生による外観品質の著しい低下が栽培上の問題となっている。本病斑は平均気温15~20℃、曇雨天、収穫遅れで発生が急激に増加する。道内では9月中旬~10月上旬に最も多発する。
褐色楕円形病斑は、さらに葉身先端部に発生する先枯れ病斑(写真1-3a)と葉身中央部に発生する斑点病斑(写真1-3b)に類別される。先枯れ病斑は、いずれの圃場でも発生し、生育後期にはほとんどの圃場で発病株率がほぼ100%に達する。斑点病斑は前述のように主にべと病発生後に葉枯病菌の二次的な感染により発生する。葉枯病菌の単独感染により本病斑が多発することはない。

 

防除対策
本病に対しては近年複数の薬剤が農薬登録を取得した。斑点病斑はべと病発生後に、発生するため前述の方法でべと病防除を実施することで防除可能である。先枯れ病斑は、薬剤散布により発病を軽減できない。黄色斑紋病斑の防除適期は収穫3~1週間前である。8月どり作型では、同病斑の発生が少ないため防除は不要である。9月どり作型では、同病斑の発生が最も多いため、収穫3および2週間前にダコニール1000、収穫1週間前にアミスター20フロアブルを散布する。10月どり作型では、同病斑の発生に加えてさび病の発生も増加するため、さび病に対して高い防除効果を示すアミスター20フロアブルを収穫3および2週間前に散布することで、さび病および黄色斑紋病斑の両方を防除できる。また、品種「秀雅」は黄色斑紋病斑の発生が少ない品種であり、道南地域では耕種的防除対策として同品種が広く栽培されている。

4)黒斑病

 

発生状況・病徴
葉身中央部に褐色で楕円形の病斑を形成する(写真1-4a)。葉枯病の褐色楕円形病斑と病徴が酷似し、病徴観察では両病害を識別できない(写真1-4b:黒斑病、c:葉枯病)。両病害の病徴の違いについて記載している本・事典等も存在するが、著者はこれまでに3000病斑以上について詳細に観察を実施し、「病徴観察では識別できない」との結論を得ている。正確に診断するためには顕微鏡観察が必要であり、分生子に長い尻尾(ビーク)が確認できれば黒斑病(写真1-4d)、ビークが確認できなければ葉枯病と確定できる(写真1-4e)。北海道内では、葉枯病が圧倒的に優占しており、黒斑病の発生は稀である。

2.萎凋病

発生状況・病徴
近年、北海道内で発生が急増している。また、全国的に発生している重要病害である。重症株では葉または株全体が枯死する。(写真2a)。軽症株では地上部は健全であるが、収穫時の根切り作業時に根(写真2b)および茎盤部の腐敗(写真2c)に気が付く。茎盤部が淡褐色・水浸状に腐敗する点が本病の特徴である。茎盤部には二次的に軟腐病菌が感染することが多いため、道内の多くの生産者が本病と軟腐病を誤認していた。そのため、最近まで正確な発生状況が把握されていなかった。本病が根および茎盤など地下部から発病するのに対して、軟腐病は葉身基部・葉鞘部から感染し(写真3a)、地上部が倒伏する(写真3b)点で識別できる。連作圃場で発生が多い傾向が認められるが、輪作圃場でも発生している。

 

防除対策
複数の土壌消毒剤で本病に対して登録を有するが、露地栽培では、処理後の土壌を全面ビニール被覆することが困難であるため、有効な防除対策はない。今後、抵抗性品種の育成が期待される。

3.軟腐病

発生状況・病徴
本病の発病株は、葉身基部・葉鞘部が軟化・腐敗し(写真3a)、地上部が倒伏する(写真3b)。7~9月に多量の降雨後に発生する。道内での発生量はこれまで少なかったが、近年増加傾向にあり、発病株率が2割程度に達する圃場もある。発生量は年次間・圃場間で差が大きい。降雨と発病の関係は明瞭である。降雨後10日程度経過して発病する場合もある。前項の萎凋病と誤認されている場合が多いため、本病を正確に診断することは極めて重要である。

4.リゾクトニア葉鞘腐敗病

発生状況・病徴
2007年に北海道で発見された新病害であり、現在は全道的に発生している。培土により土壌と接した葉鞘部および葉身基部が腐敗し、外葉が枯死する(写真4a,b)。土壌と接していない部分は発病しないため、培土が深い場合に多発する。発生時期は7月中旬~9月上旬の高温期である。小発生圃場では、外葉1~2枚が枯死する程度であるが、多発圃場では、中心葉2~3枚を残して、大半の外葉が枯死する作物であるため、本病の発生に気づいていない生産者が多いが、道内のみならず全国的に多くの圃場で発生していると推察している。

 

防除対策
培土前のアミスター20フロアブル散布またはリゾレックス粉剤の株元施用(いずれの薬剤も本病に未登録:作物登録はあり)は高い防除効果を示す。

5.根腐萎凋病

発生状況・病徴
1990年代に道南地域の日本海側(桧山地域)のハウス栽培で、多発した病害である。現在でもハウス栽培で散発しており、発生すると被害が大きい。発病株は外葉の葉先から白色に枯死し(写真5a)、根が褐変腐敗する(写真5b)。茎盤部が腐敗しない点で萎凋病と識別できる。本病は土壌塩類濃度(EC)が高い圃場で多発する傾向があるが、ECが正常の範囲の圃場であっても発病する。

 

防除対策
現在、各種土壌病害の防除対策として全国的に利用されている「土壌還元消毒法」は本病の防除対策として著者が所属する道南農業試験場で開発された技術である。土壌くん蒸剤による土壌消毒も有効である。

6.小菌核病

発生状況・病徴
外葉の中央部に淡褐色の病斑を形成し、病斑部より先端が枯死する(写真6a)。株あたり1~2葉に発生することが多いが、多発する事例も認められている。古い病斑上に黒色扁平の菌核を形成する点(写真6b)および病斑の裏面に菌糸が密に生える点(写真6c:肉眼でも観察できる)で他病害と識別できる。7~8月に発生する。

7.ボトリチス属による病害

発生状況・病徴
ネギのボトリチス属による病害として、小菌核腐敗病、白かび腐敗病、菌糸腐敗病の3病害が報告されている。3病害は各生育ステージにおいて多様な病徴を示すため、病徴観察により識別することは困難である。罹病組織上に形成した分生子を顕微鏡観察することで、識別可能であるが、各病害の発生生態は類似し、防除対策も同一であるため、農業生産現場では3病害を識別する必要はない。いずれの病害も育苗期~収穫期の全ての生育ステージで発生するが、道内では育苗期間中と10月どり作型の収穫期に発生することが多い。病害別では、小菌核腐敗病の発生が多い。
小菌核腐敗病は収穫期には葉鞘部が腐敗し、黒色の菌核を形成する(写真7a)。育苗期には、葉鞘基部が腐敗し倒伏する(写真7b)。白かび腐敗病の育苗期の発病では、葉身部に白色の病斑を形成する(写真7c)とともに、葉鞘基部が腐敗し亀裂を生じる(写真7d)。菌糸腐敗病の生育期間中の発病株は、外葉が枯死する(写真7e)。葉鞘部は腐敗し、暗褐色を呈する(写真7f)。

 

防除対策
育苗期の発生は十分に換気を行い育苗ハウス内を高湿度にしないことで予防できる。生育期~収穫期の発病に対しては培土前に薬剤を株元に散布することが有効である。農薬登録はいずれの薬剤も小菌核腐敗病を対象に取得しているが、3病害に対して防除効果を示す。

8.黒穂病

発生状況・病徴
タマネギ黒穂病は、1930~60年代の道内のタマネギ栽培における重要病害であったが、ネギ黒穂病は2008年に道内初発生が確認された比較的新しい病害である。その後、各地で散発している。本病は育苗中に発生し、はじめ倒伏し、やがて葉身内部から黒色粉状物(黒穂胞子)を噴出する(写真8a)。この黒穂胞子は肉眼で観察できることから、容易に診断できる(写真8b)。

 

防除対策
ネギの育苗方式はチェーンポット育苗と地面に直接種子を播種する「慣行育苗」の2種類があり、本病の発生事例はいずれも慣行育苗である。チェーンポット育苗は無病の育苗培土を充填したチェーンポットに播種することから、汚染土壌に直接播種する慣行育苗と比較して本病の感染・発病のリスクが低いと考えられる。

9.紅色根腐病

発生状況・病徴
発病株の根は明瞭なピンク色を呈し腐敗し(写真9)、地上部は葉身先端部および外葉が枯死する。本病の重症個体は、根が特徴的なピンク色となるため容易に診断できる。一方、軽症個体の診断は極めて難しい。顕微鏡観察および菌の分離を実施しても、診断の決め手となる柄子殻の形成がなかなか認められないためである。ネギの根部はしばしばピンク色を呈するが、本病菌の関与を証明することが困難であるため、道内における本病の発生実態は不明である。タマネギでは紅色根腐病が北見地方を中心に多発しているため、ネギにおいても今後注意が必要である。

10.黒腐菌核病

発生状況・病徴
ハウス栽培で散発している。収穫株の葉鞘部が黒色に腐敗するとともに、円形の菌核を形成する点で他の病害と識別できる(写真10)。関東地域の一部の産地で多発しており、道内でも発生拡大が懸念されている。

おわりに

病害の防除対策を講じるうえで最も重要な点は、発生病害を正しく診断することである。病害を正確に診断するためには、場合によっては顕微鏡観察や菌の分離・培養が必要であるが、多くの場合は病徴観察のみで可能である。本稿では生産者等の顕微鏡を保有していない方にも活用していただくことを考慮して、顕微鏡写真は最低限におさえ、多くの病徴写真を掲載した。
さらに病害の発生量は、栽培方法、栽培品種、気象条件の変化によって変遷するため、主要病害のみならず多くの病害を掲載した。本稿が北海道のみならず、全国のネギ産地において、長く活用されることを期待している。

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